高蔵寺の由緒

本堂と住職

 

高蔵寺について

宗派 真言宗豊山派(しんごんしゅう ぶざんは)
通称 高倉観音(たかくらかんのん)
本尊様 正観世音菩薩(せいかんぜおんぼさつ)
身長3メートル60センチ
材質 楠一木彫
ご真言 オン アロリキャ ソワカ
 御利益 縁結び 子授け 厄除け 交通安全 家内安全 等

 

縁起

 高蔵寺は、用命天皇(ようめいてんのう 在位585〜587)の代、徳儀上人(とくぎしょうにん)が修行(しゅぎょう)を積んでいたところに老翁(ろうおう)が現れ、古木を指さした。そこに四寸ほどの観音像が安置されていたので、里民と共に堂宇を建立して祭ったのが寺の縁起であります。
 観音の霊験は矢納郷の猪野長官(いのうちょうかん)に現れます。40歳になっても子のない長官が願をかけ祈ったところ一女を授けられた。娘は20歳を過ぎても良縁がなく再び観音さまにお祈りしたところ、結婚、めでたく男子を得た。これぞ「藤原鎌足(ふじわらのかまたり614〜669)」と言う鎌足生誕の伝承があります。
 鎌足はこの観音様の霊験の偉大なることを深く尊崇、お母様への感謝も合わせて、白雉庚戌年(650)7月23日本堂等沢山の建物を建立し地域を治めました。残念ながらこれらの建物は火災に遭い、大永6年(1526ー室町末期)に再建されましたのが現在の本堂であります。仁王門・鐘楼堂は江戸時代に再建されたとつたえられています。
 本堂、仁王門・鐘楼堂は昭和51年2月17日付けにて木更津市指定文化財(指定第17号)に指定されております。

 

鎌足の里

 日本武尊が弟橘媛を偲んだという伝説で知られる「恋の森」木更津太田から、旧鎌足村高倉(矢那)への一本道、山狭の集落を抜ける頃、左手に木立の茂る、山が見えてくる。鬱蒼としたモミや杉の古木に囲まれた古刹、それが平野山高蔵寺。
 高蔵寺には藤原鎌足生誕にまつわる伝説がある。この里の有力者だった猪野長官(いのうちょうかん)という人物が、40歳あまりになっても子宝に恵まれず、ここの観音に願いをかけたところ、予与観(しょかん)という名の一女を授かった。心清く人に親切な素晴らしい娘に成長したのだが、器量が悪かったため、良縁がなく嘆いていた。彼女は自分が生を享けたいきさつを父から聞かされ、自分もこの観音におすがりした。すると「鹿嶋に行って、日天を拝みなさい」との夢告があり、男子を授かった。これぞ「鎌子」、後の藤原鎌足(614〜669)その人であると言われている。鎌足はその後、この観音を深く崇拝し、七間四面の本堂や阿弥陀堂、三重塔、鐘楼などを建立した。本尊は、その後行基が訪れた際に刻んだ像で、徳義上人が祀った像は頭部の中に納められている。